「神社参道論」(歩く)
長い参道を歩くことで、日常の喧騒から離れ、徐々に気持ちが整っていく。長い道のりを歩くという行為そのものが、神様への敬意を表す一種の儀式になる。そして、現実世界から非日常へ、すなわち神聖な空間へ向かっているという意識が高まっていく。
日頃は、無宗教で先祖のお墓参りを毎月旧暦の1日15日しているが、四国八八ヶ所お遍路の旅を2022年、2024年、2025年の3回に分けて、歩きや公共交通機関、レンタカーで巡り、高野山奥の院へ礼拝し満願を達成した。
1回目徳島・香川の29ヶ所、2回目愛媛・香川39ヶ所、3回目公知・愛媛20ヶ所と奥の院まで廻った。2回目は、金毘羅宮(1,368階段)と宮島厳島神社へ参拝した。
遍路笠(すげ笠)と白衣(はくえ)を身に着けて、山門に一礼して境内で入り、水屋で清め、鐘を撞く、本道の納札箱に納札を納め、線香、賽銭をあげる、本堂で合掌し、心静かに読経・拝礼する、大師堂参拝、納経帳に朱印をもらうという非日常を体感する。とても気持ち良い、煩悩がなくなる気分、すっきりした気分になった、不思議でした。神聖な空間へ向かっている感覚でした。









