「マッチョな二〇世紀」から「しなやかな二十一世紀」へ
片田舎と馬鹿にされてきた地方から発信される二十一世紀の最先端を里山資本主義と名付け、「水」のように受け入れてくれるのは、無名の人の素敵な生き方、今の生活を少しでも前進させる知恵に素直に反応し、取り入れる気質を持つ人々だ。こういう人は田舎にUターン、Iターンしても、単に地元企業で「職」を捜すのではなく、お金云々ではない豊かさを見つけ出す嗅覚に優れている。そうした志向の人は加速度的に増えており、都会から地方への流れができている。若いうちは、誰にも干渉されない都会のドライな人間関係にあこがれても、年齢を重ねて落ち着いてくると、過疎化しているとはいえ、昔ながらの人間関係が残る田舎は良いところに見えてくる。コミュニティーの再生に汗を流すリタイヤ組と、地方に入り込んでがたがたになりつつある田舎のコミュニティーを立て直そうと意気込む人たちは、実はほとんど同じ志向を持つ人たちなのだ。
スマートシティとは何か、巨大発電所の生み出す膨大な量の電気を一方的にに分配するという二〇世紀型エネルギーシステムを転換し、町の中、あるいはすぐ近くで作り出す小口の電力を地域の中で効率的に消費し、自立する二十一世紀型の新システムを確立していく街づくりだ。なるほど、歳を重ねると、お金より、コミュニティー、豊かな自然や人情豊かな田舎を好む方々は、増えていると移住者と話し、実感している。









