「里山資本主義こそ、少子化を食い止める解決策」
少子化というのは結局、日本人と日本企業(特に大都市圏住民と大都市圏の企業)がマネー資本主義の未来に対して抱いている漠然とした不安・不信が、形として表に出てしまったものではないか、そのとおりと思う。未来を信じられないことが原因で子孫を残すことをためらうという、一種の「自傷行為」なのではないかと。そういうわけでこの現象は、幾ら「もっと子どもを産め」とマッチョな掛け声をかけようとも、そういう表の世界の建前のよってはまったく解決されない。だからこそマッチョ志向の政権は、何党であってもどちらかというとこの問題を避けて通る。少子化は日本だけで起きているのではない。
解決は、マネー資本主義とは違う次元のところに存在する。里山資本主義の普及と活用にあるはずだ。里山資本主義は、大都市圏住民が水と食料と燃料の確保に関して抱かざるを得ない原初的な不安を和らげる。それだけでなく里山資本主義は、人間らしい暮らしを営める場を、子どもを持つ世代の夫婦に提供する、ことだろう。田舎で新たな収入先を開拓している若者や退職者向けの情報は満ち溢れている。収入は低くなっても、その対価として自分らしさを取り戻せる、時代の流れは変わっているのだ。先取りしよう。
人間の価値は、誰かに「あなたはかけがえのない人だ」と言ってもらえるかどうかで決まる。人との絆を回復することで、そして自分を生かしてくれる自然の恵みとのつながりを回復することで、ようやく「自分は自分でいいんだ、かけがえのない自分なんだ」ということを実感できる。そのとき初めて人は、心の底から子どもが欲しいと思うようになる。自分と同様に、そこにいるだけでかけがえのない存在だからだ。この自分の幸せを、生きている幸せを、子どもにも味わって欲しいと心の底から思うとき、ようやく人は子どもを持つ一歩が踏み出せる。
自分の価値・役割を自覚でき、家族の笑顔が幸せと思える自分がいることが幸せな人生かもしれない。









